物体の同定における情景文脈の影響


【序文】
 ある対象の認知は、その対象自体の情報だけでなく、周囲のものとの関係やおかれている状況からも影響を受けることが知られている。このうち自然な情景下に置かれた物体の同定に情景文脈がどのように影響を及ぼすかはこれまで数多くの研究により調べられてきている。その主な先行研究には次の2つのパラダイムがある。
1つめはBoyceとAlexander Pollatsek(1992)の用いた命名パラダイムである。被験者は情景の線画を見せられ、揺れ動いた物体を命名させられた。この時、物体に目を移してから命名するまでの時間を測った。その結果、物体と情景に意味的一貫性があるときのほうが、一貫性がないときに比べて、速く命名できた。したがって物体の同定における情景文脈の影響があるとされた。
2つ目は、HollingworthとHenderson(1998)の用いた物体探知パラダイムである。これはラベルに書かれた名前の物体が、情景中にあったかどうかを反応させるというものである。その結果、物体と情景に意味的一貫性があるときと、一貫性がないときとで反応に差はなかった。したがって物体の同定において情景文脈の影響はないとされた。
本実験では上記の2つのパラダイムを比較できるような実験計画を立て、物体の同定に情景文脈の影響があるのかどうかを調べた。


【目的】
 本実験の目的は、物体の同定に情景文脈が影響を及ぼすのか、またあるとすればそれはどのような場合に起こるのか、さらにそれは同定を促進するのか抑制するのかを調査することであった。


【方法】
 図1に示すように、物体と情景が一貫している刺激(a)と一貫していない刺激(b)と格子刺激(c)を用いて、図2に示すような実験計画を立てた。格子情景は文脈効果の促進と抑制のベースラインとして採用した。被験者は、提示された情景の中で動いた物体と、情景の後に提示されたラベルに書かれた名前が同じかどうかを反応する正誤課題群と、物体を命名する命名課題群に分けられた。そして両課題群において、その正答率と反応時間を測った。
 
【結果と考察】
 正誤課題、命名課題ともに物体と情景に一貫性があるときのほうが、一貫性がないときに比べて反応が素早く、正確であった。このような正誤課題での結果は、先行研究であるHollingworthとHenderson(1998)のものとは対照的であった。この理由は、中心視と周辺視によるものだと考えられる。HollingworthとHenderson(1998)ではターゲット物体が周辺視野に提示されていたのに対して、本実験ではターゲット物体を揺れ動かすことによって、被験者の注目を引き、中心視で捕らえられていた。私たちが実世界で物体を同定したり、命名したりするときには、その物体に注目することが自然である。したがって、物体の同定における情景文脈の影響は、より自然な状態での物体の同定に影響を及ぼすといえた。
 また格子情景の反応は、物体と情景に一貫性があるときよりも、一貫性がないときよりも優れていた。これは格子情景が他の情景に比べて複雑性に欠けることや、その他の情景に比べて提示頻度が高いことなどによるものと考えられる。したがって抑制と促進のベースラインとはならなかった。


【結論】
 本実験では情景文脈は、私たちが暮らす実世界での同定のような、自然な状況での物体の同定に影響を及ぼすことが分かった。